【37】おもうたびに
勢いよく出ていた水音が唐突に止まる。
運動部員が使用する体育館脇の男子更衣室、さっきまでざわついていた生徒達はとっくに下校し、奥のシャワー室にはもう一人しか居ない。
「左京せんせーい! もうみんな帰った?」
「あ、ああ… 誰も居ないみたいだけど」
「外の女子も? ほんとに?」
「ああ 誰も」
シャワー室と更衣室の間にあるガラスの引き戸を少しだけ開けて、汗を流し終えた伊勢谷がひょいと顔を出した。
用心深く…まだ部屋中をキョロキョロと見回して誰も居ない事を確認すると 安心した表情でこちら側へ出てくる。
腰にタオルだけを巻き付けた伊勢谷の身体
全体的に細く締まり、余計な筋肉も勿論無駄な肉も無く…手足は真っ直ぐに長く伸び、そのあまりにも均整のとれた美しさに思わず目を奪われる。
(まるでモデルだな……)
シャワーを浴びていたせいで上気した肌が、男とは思えない程きめ細かく艶かしい…
(ただ………)
「………あのさ 先生」
「ん?な、なんだよ」
伊勢谷が濡れた前髪を両手でかき上げて、オレの顔の前に 鼻先が触れそうになる程思い切り自分の顔を近づけ
「目つきがやらしい」
言い放った……………
「え?ええっ?!やっやらしいって…バーカ!そ、そんな風に見る訳ないだろ!!」
「ハハっ!何慌ててんの?冗談だってば」
「お前……
誰の為に待っててやってると思ってんだよ」
「分かってるよ〜 僕 のため でしょ?」
‥‥‥‥‥。
伊勢谷が制服に着替える間、更衣室を出て、まるで見張りのように扉の前に立つ。
携帯メールでなく、こんなにあいつと近くに居るのは久しぶりだ。
授業には驚く程出席するようになった。
それはオレの数学の授業だけでなく、他の教科もだ。
だから研究室には一度もやって来ない。
オレも教室で伊勢谷用に作った問題集を直接渡す位の数秒の接触… あえて余計な話もしない。
いや、しないようにしていた……。
それが今朝 «放課後 会いたい» とのメール。
«ずっと話してないよ?»
«部活の練習の後 左京先生と一緒に帰りたい»
オレはしばらく返信が出来なかった。
『あんた 伊勢谷で 遊んだんだ』
伊勢谷の事を思うたび、青野のあの言葉が頭をよぎって、違うそうじゃないと強く否定しながら…伊勢谷にした事への罪悪感と自分へのもどかしさで、オレの気持ちはいっぱいだった。
(くそ… 情けない…)
さっき見た伊勢谷の綺麗な背中には
何かに打たれたよな幾つものアザが 痛々しく 滲んでいた………
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