カテゴリー「BL小説」の記事

【柏原ユキ】あとがき(ウメ)

足掛け9ヶ月! いままでお付き合いいただき、ありがとうございましたhappy01

一時はどうなる事かと思いきや、なんとか完結させるとが出来…今は達成感よりも安堵感…
(ユキを水面ギリまでは浮上させる事ができたので あとはカイトの頑張りしだいで)

もともとあんまり明るい話として書いてはいなかったのですが、後半はかなりの悲惨な感じになってしまいました……

三倉崎…あいつは悪すぎだろ〜っ(しかも中坊だぜ…)
そしてダントツの苦労人は鷹木晴彦でしょうか…

自分でもサブタイトルの『キラキラしてた〜』のくだりはどうしたもんかとずっと気にはなってまして(笑)でも途中で変えるのもどうかと思い、あんまり見ないように 日々 ハハハ(汗)…。

このめちゃめちゃ暗い話に救いが有るとしたら、カイトの存在にあるのかなと思います。
(投票では、あまり芳しい票数を獲得出来なかった彼ですが)
単純で、多少○○(笑)、この話で一番の強さをもっているキャラがカイトなんです。

サクはユキの事になると脆さを露呈してしまうし、晴彦も若干心を病んでいます。

三倉崎を殺した晴彦と、身代わりに木島湊斗を殺されたカイトは、初め表裏一体的な存在として書いていんですが、過去を抱え破綻した晴彦に比べ、出来る限り前を見て生きて来た(それも単純さに由来するんでしょうが)カイトはやっぱりしぶとい!落雷にも驚異的な復活をとげるわけで…

そんなカイトの隣でユキはきっと、生きる力を取り戻してくれるのでは無いかと思います。

余談
(BL的にカイトは責めなんですけど、カイトと晴彦とのからみシーンで私ったらカイトに受け的な要素を感じてしまったりしまして ちょっとそんな匂いを漂わせてみた記事もあったんですがお気づきでしたでしょうか?おもしろいかなと後先考えずに思いのままに書いてしまったので、かなり後悔してます…やりすぎた…苦笑)

もっと書きたかったエピソードもあったんですけど、一先ず完結。(番外編はもう少しだけ続きます)

カイトとユキのその後の話は同人で発表できたらなと思っています。(こっちは18Rかも…笑)

【柏原ユキ】sideはキャライラストのアップを予定してますので、よろしかったら見にきてやってくださいませ。

ではでは 最後の最後までつたない文章ですいませんが、ご挨拶に代えさせていただきます。


 【管理人】 梅田ウメキチ

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誓い、エピローグ

空に響く蝉の鳴き声。
夏が終われば彼らも地に落ちる。

間もなく果てる でもその声には決して…その憂いや無情などは微塵も感じられない。

彼らは いや…人以外の大抵の動物は 精一杯生きて

そして潔く 高潔に 死んで逝くんだ。
 

この日僕は初めて、先輩の墓参りをした。
皮肉にもその墓は、三倉崎が埋まっている山の真横の高台に立てられていた。

手を合わせて

立ち上がり、その山の方向を見る。

「さよなら… 僕はもう お前を恐れない」

先輩の真新しい墓には、それには不釣り合いな様な向日葵が供えられていた。

その鮮やかな黄色
その高台を囲む木々から聞こえる蝉の声
入道雲
青空
氷の割れる音……… 氷?

『何見てるの?』

『ひまわり きいろいの きれい…』

何かを 思い出しかけて そのイメージが溢れてかけては 炭酸の水泡のように弾ける。

「また来るからね 先輩が向こうで恥ずかしくならないように 僕はつよくなるから… そしたらまたここに帰ってくるからね」

 
 
幾度目かの電車が発車する。
ホームのベンチに座る僕とカイト。

「次 青い車両が来たらそれに乗ろう」
「……なあユキ 無理しなくていいんだぜ? 嫌なら直ぐ会えるんだし」

カイトが心配したような目で、僕を下から覗き込んだ。 

「違うんだよ… 今この時が 大事なんだなって思ってて」

僕は決めた。
カイトと一緒に街を出る。

これからの事はいずれ答えを出さなきゃいけない… でも 今はカイトと生きて行くことになんだか期待めいた…生きる意味を感じていた。

その後の事は 落ち着いたら かんがえればいい。

「カイトこそ 後悔してるんじゃない? 僕なんかと生活したら面倒くさいよ?」

「ま そのめんどうが ど〜も放っとけないんだよな」

「僕結構 嫉妬深いよ」

「うっ 浮気なんかしねーよっ!! …もうsweat02 …………って ユキそれどういう意味?」

「あ!カイト 電車来た! 行こ!」

深い青色をした2両編成の車両が到着する。
乗り込もうとした僕にまたカイトが叫ぶ。

「ちゃんと言って!ユキ! オレまだ一回もユキの口から聞いた事無い」

そうだったっけ? そうか… そうだな…

好きだよ 僕 カイトが好き
 
 

やがてその車窓から見える 海 

「きれいだな」

人もまばらなその車内で、僕は後ろを向いてその静かな海を見ている。

脇で僕にもたれて寝息を立てるカイトの体温に安心して

僕は 長い長い海岸線の向こうに 誓い を立てた。


【終】


 


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白い日傘と青い海

「思ったより元気そうじゃない」

波に乗るサーファー達を横目に、海沿いの堤防の上を歩く 僕と珠子。
時折吹く海風が、珠子の白い日傘と長い髪を煽っていた。

「派手にやられたのね? その顔」

「うん まあ…」

あれから何日かたつのに腫れが引かない。
あの日、僕はサクに思い切り殴られたんだ……

「そういうの自業自得っていうのよ 今度サクちゃんを泣かせたりしたら、あ た し が その顔 引っ掻いてやるわ」

片方の口元を上げながら、珠子がニヤリと笑う。

「どうするの? 今は夏休みだからいいけど… ユキ君のこれから」

「……ほんとうは ここを離れたかったんだけど……」

「うん」

「先輩が居た街から 離れるのは」
あまりにも薄情な事のような気がして

「あたしね 晴彦君があんな事になって… なんであたしみたいのが生きてるんだろうって本気で悩んだのよ」

珠子は立ち止まり、海を向こうを見つめて言う。

その視線の先には、見慣れた穏やかな海と黙々と沸き立つ入道雲。

「でも… ユキ君が戻って来た事や…夏目カイトが雷に打たれてもピンピンしてるって事 あたし達はきっと…生かされてるんだわ やるべき事がまだまだ有るって事なの」

僕の やるべき事

「あたしたちこれから… 晴彦君の代わりに たくさん笑って…奇麗な物を見ましょうね」

先輩の代わりに

「彼はとてもいい人だった… それを忘れないって事に…貴方の居場所なんて関係ないでしょ?それに…逝ってしまった人の思い出は…良い事だけを 覚えてればそれでいいのよ?」

生きていくこと

「珠子…」
「なあに?」

「カイトがね 僕を必要としてくれるんだ… 可哀想だからとか…責任とかじゃなくて… 僕と生きて行きたいんだって…だから」

「そう…」
 

「カイトのいる場所で… 暮らしてもいいのかな… だめかな やっぱり…」

きっと父さんや母さんは反対するに決まってる。
でも でも 僕は…… 

大きく打ち寄せる波音。

珠子が僕を見て、答えた。

«それは貴方が 決めて良い事  隣に誰か居ようといまいと 立ち上がるのは自分の力なんだから»  
 
 

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奇跡

東の空

灰色の雲をかき分けて、朝の光が白く世界を照らし出す。

まだ空気には雨の匂い。
地面は濡れて、うっすら溜まった水たまりにはもうすぐ青空が映し出されるだろう。

僕は病院の屋上に立つ。

かつてあの網を越えて、飛ぼうとしたあの屋上で、僕は二度と見る事も無いと思っていた朝を迎えている。

世界は変わらない。

僕が決して強くなったわけでもない。

だけど

今僕は
僕が生きるという事が

少なくとも死ぬ事より
意味が有る事の様に思う。
 

カイトは死ななかった。
(そればかりか、病院に運ばれて3日目には退院してしまった)

「バカはしなない……」
病室に駆けつけたアサヒの言葉。

「うるせっ!! 何しにきたんだよ!てめっ… あ いたたた」

「あっ!!あたまのてっぺんハゲてんぞ!!」
違ーう!!!焦げたんだよ!!!」

僕はベッドの脇に座って、カイトをずっと見ていた。

カイトにあの雷が落ちたときの事を思い出す。

救急車を待つ間、時折痙攣するカイトを抱えながら…とても生きた心地がしなかった事…

生きた心地…
死にたいと思っていた僕が
なによりもカイトの死を恐れていた。

ああ…神様

カイトをたすけてくれて ありがとうございます…
今僕の胸には、奇跡という光が、見えない朝の星のようにかすかに瞬いています。
 


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遺言

「多分鷹木は 最期の最期で…悪い物をみんな持って行った」
カイトの腕が緩んで、僕はやっとカイトを見上げる事ができた。

「悪い物って………?」
「鷹木が死んだのなら もうここには三倉崎の魂だって残っていない… あいつは責任を果たす奴だから」

カイトの言葉がなんだか僕には
先輩が発するそれのように聞こえてくる。

僕はまた
おかしくなっているのかな…

『…柏原…』

「っえ?!!!!」
「…ユキ…」
「あ… ああ な に?…びっくりした…」

気のせいだと頭を振って、もう一度カイトを見る。

「鷹木はユキを守り、お前を愛した責任を果たした… じゃあユキはどうするんだ?」

「僕?」

「ユキがあいつに果たす責任は いったいなんだ?」

ドクン ドクン と…布越しに伝わる先輩の鼓動。
先輩に抱きしめられて寝たときの事を思い出す。

『海の底に沈むか…それともこの身体を灰にして…あの空の何処かに消えてしまう事が出来たなら』

『君を独りこの世に残して行く恐ろしさの前では…その願いさえも…あまりにもくだらない、夢のよう
に思えるんだ』

わけの分からなかった 独り言の様な先輩の…あの時の言葉…

先輩は死にたかったんだ…

それなのに先輩はただ僕の為に、生きていて くれたんだ…

「僕の責任」
 

«柏原 オレは オレが居なくなっても こっちへは来るなと 言ったはずだぞ?»
 

「せ ん ぱ い ?」

ゴ ゴ ゴ と 突然、激しい雷鳴が夜空に轟いた。

「あ〜 こっちに来るかな? せっかく雨止んだのになあ」
カイトはいつの間にか、僕から2、3歩離れたホームの先で空を見上げていた。

「いま、先輩の声が聞こえた気がした」
「………なんっつってた?」
「来るなって………」
「ハハ もっと早く言いにきやがれって なあ?」

夜の闇が、一瞬真昼の様にに白く光った。
再びの轟音。

稲妻が空一面に走り、ピシッ!という電気のひずみみたいな高い音が直ぐそばで聞こえ思わず耳を塞ぐ。
 

「え?」

今、一本の細い稲光が屈折して
カイトの頭上に
落ちてこなかったか?

「は… は は カラスの次は かみなり かよ」

受け身も取らないカイトが、ホームに後ろ向きに卒倒する。

「うっうわあああああああああっ!!カイトッ!!!
僕は慌ててカイトに駆け寄り、触れ、バチッと感電しかけて思わず手を離した。

「な、な、なんなんだよ!カイト あ、頭から煙がっ! カイト? カイト大丈夫?カイト!!カイト!!」

今度は腕に痺れがくるのもかまわずカイトの肩を揺すった。

カイトは目をつむったまま動かない。
 

「うそだ カイト… し 死んじゃったの…?」
 

「…………………………………………かってに こ ろ す な」
「カイト!!!」

「ユキ」
落雷のショックで、カイトのポケットから飛び出した携帯を拾い慌てて119にかける。
あろうことか手が震えて、そのボタンを押すだけのこともまま成らない。

「ユ キ…」

「今 救急車 呼んでるから!! がんばれよ?!死ぬなよ…! ぜっ 絶対死ぬなよ!!」

「…ユキ いっしょに くらそう…」

「な に…?」

「いきて いこう いっしょに」

 


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ダイアローグ

遠くの空が光る。
何処かで夕立でも降っているのかな?こっちは雨だけだったけど…

僕を掴んだいたカイトの両手が、離れ 腰が抜けたようにその場に座り込む。
僕を見つめる瞳は、明らかに不安と戸惑いで溢れていた…
(こんな事を聞いたら そうりゃあそうなるさ)

そしてそれを
カイトを
無表情で見返す僕

「僕の壊れた頭はずっと…都合良く…その事だけを忘れていた 忘れて…恋愛だの勉強だのに悩む僕を見て…先輩はいったい何を思っただろう?」

先輩は僕の為にその手を汚した…
一番に苦しむべき僕が、一緒に闇を歩くべき僕が 
普通の高校生のように
笑ったり泣いたりするのを見て 先輩はどれほど歯がゆい思いをしただろう…

「僕はもう 死のうと思うんだけど そんな僕が… 向こうで どんな顔をして鷹木先輩に会えるのか…」

「ユ キ…」

「恥ずかしくて逝くに逝けない…… あいつが埋まってるこの街にも居たくない……」
 

また稲妻が光る…音も無く…
春に見たときの春雷は、なんて美しいものだと思ったものだけれど
夏のそれは
ある種、威圧めいて脅迫的だ。
 

「もういいよ 帰っていいよ… カイト」
泣きそうな顔でカイトが首を横に振る。

「朝までには決心がつくと思うんだ 変な事聞かせてゴメンね… 嘘だと思って忘れていいよ」

「なんだ よ… それ…」

「僕の事も… 最期はちゃんと頭が働いて良かった… あのサラリーマンとも変な事しないで良かった… 今まで本当にありがとう… カイトは頑張ってね!助けてもらった大事な大事な命なんだから…」
ここでやっと僕は笑う事ができた。
皮肉も演技もなく 心の底から、微笑む事ができた……
 

ふざけんな!!
 

「カイト?!!」

「ふざけんな………」

つよく
骨がきしむかと思う程、カイトが僕を抱きしめる。

顔がカイトの胸に押し付けられて、痛みを主張する事も出来ない。

「あいつは お前が好きだったんだ… ユキを守るってオレに言ったんだ…! 誰より正義感の強いくそ真面目なあいつが、そんな過去を抱えてまで背負った決意は お前が死ぬ事じゃないだろう?!」
「ユキがちゃんと生きて、笑っていてほしいから あいつは必死に生きていたんだろ?!」

だって

だって

だって結局先輩は 僕を置いて 死んだじゃないか!!

カイトの胸と口元に開いた隙間から、僕は叫んだ…
叫んで、カイトの胸に 拳を叩き付ける…

「僕を 捨てて………」

「それは もう…もうユキが 一人で立てると 思ったからじゃないのか?」
「…………」

「あいつは 無意識に わかんねーけど… もう役目を終えたと…思ったんじゃないだろうか?」
 


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あの日の月

その駅は、大きな路線とは別に古い私鉄の発着駅になっていて 民家の間をすり抜ける場所を除いては、線路と平行に道が添い、そのずっと先には僕らの高校の最寄り駅もある。

僕らはその道を歩く。

こちらはとっくに終電を終えて、もう静まり返った昼から無人のその駅のホームの石段を上りベンチに腰を下ろした。

自販機の明かりだけが、弱々しく古いホームを照らしている。

「ラッキー この自販機携帯使える! ユキなんか飲む?」
まだ濡れているカイトの背中
髪は少し乾いたように見えた…

「あっ!ユキ «甘っ!おしるこ〜»てのある!って夏にホット置くか?!フツー!!」

「カイト………」

「じゃあユキは«甘っ!おしるこ〜»な」

カイトは知らないから

本当の僕を知らないから

そうやって優しくできるんだよ

「カイト」
「ん?」

自販機から缶がゴトンと落ちる音がして、カイトが振り返る。
 
  
「僕は 中学の時 男に抱かれた事があるんだ」
「……は ?……」

カイトの表情から笑みが消えて強張る…

「同じ中学の3年生… 僕はそいつに 何度も犯された」
「な、何言ってんだよ… 変な冗談止めろよ ユキ…」

ほらね

君の中で僕の清純なイメージは崩れた…

カイトがいけないんだよ 僕を 僕なんかを好きだなんて 言うからさ…

「だから あのサラリーマンとそういう事をしたって なんて事ないんだ… 僕は汚れてる…」

もう 幻滅しただろ?

「そいつ…だれだ ユキ… この辺の奴か?! どこに住んでんだよ!!」

思いがけずカイトは激高して、膝をついて僕の両手を掴んだ。
僕はその質問が、カイトには悪いけど、とても滑稽に感じて思わず口元が緩んだ。

「なに笑ってんだよ!……やっぱり冗談 なのか?」
「だっておかしいからさ… ハハハ… どこに住んでるって…」

笑っているのに 

涙が止まらない。

「ユキ?」

「もう居ないんだよ あいつは…三倉崎は…」
 

ホームの向こうに、いつの間にか浮かんだ朧月… 

あの日の月も確かあんなじゃなかったかな?

「三倉崎はね… 僕の上に乗りながら 先輩に刺されて死んじゃった」

「へ……………………?」
  


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pianissimo

あの運命の日から、僕の世界はずっと鷹木晴彦という人だけを中心に廻っていた様な物だ。

三倉崎の記憶を抹消して、心の表層では、片思いの…恋愛の対象として先輩を見ていたわけだけど、恋なんかでは説明しきれない、絶対的な存在として僕がこの世界で見つめていた人 それが先輩だった。

その静寂の、二人以外居るはずの無い世界に

君が現れたのは

いったいいつの頃だったのか…

カイト
 

「あー くそっ… 往復ビンタの予定だったんだからな!」

涙を手のひらで乱暴に拭って、髪をかきあげる…

そのカイトの肩をポンと叩いて、アサヒが背を向けた。

「この借りはでかいぞカイト …返す前に海で心中とかは止めてくれよな」
す る か !!」 

アサヒは一度振り返ると、僕を一瞥し、その口元が少し…笑ったように見えた…

 

僕とカイトは
深まる夜にも、まだまだ多いネオン下の人の波をかき分けて駅の方へ歩く。

あとからのろのろついていく僕を、たまにカイトが気にして振り返る。

(なんで 僕はカイトの後を ついていくんだろ?)
(どうせ逃げても すぐつかまるかな…) 
(足が痛い………)

「0時まわったな〜 けど終電 なんとか間に合うか?」

光る携帯の液晶。
終電前の駅前は、予想外に人で溢れていた。

ふとカイトに視線を移すと、何処かへ携帯をかけようとしている。

「止めろよ! なにかけてんだよっ!!」
「あっ! おい ユキ!!」

僕はその携帯を奪い、とっさにその発信を切る。

「いやだ… 嫌だ… 嫌だっ!」
「……ユキ」

「僕はもう帰らない…! あの家には………」
「ユキ?」

「…生きてても苦しいだけだ でも死ぬ事もできない…僕は先輩に 会わせる顔が無い…」

(なら僕は どうしたらいいんだ………)

「わかった… わかったよユキ」

うつむいた僕を、カイトが下から覗き込んだ。

「どっか行くか! どこ行きたい? っていっても夜中だから甘味屋は開いてないだろうけど」

大きな口でカイトが笑う。
屈託なく…

「今からオレとデートしてくんね〜かな? 大分遅れたけど…ほらホワイトデーのデートっていう設定で チョコのお返しもしてなかったし…」 
「え?……」

「ごめん オレ… やっぱりユキが好きだよ」
 


この時のカイトの『好き』という言葉は、

醜い僕の魂を突き刺す、聖なる剣のように

もう一度閉ざした僕の世界に、なにか一筋の光を差し込ませ…

そしてそれは僕の居る場所の闇を自覚させるには十分すぎるものだった…

「…… カイトに好きになってもらえる資格なんて 僕には 無 い…」


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カイトにとって残酷な事

その中年のサラリーマンの姿は路地に消えた。

アサヒは何も言わず…僕の腕を乱暴に引っ張り、人通りの多い道の、大きな電飾看板のある居酒屋の入口付近で、僕は突き放されるように やっと 解放された。

「あのな〜… お前みたいのがこんなトコ ふらふら歩いてっからあんな変態に引っかけられんだよ」

ため息まじりで
心から呆れたといった風に吐き捨てる。

「……………」
「おい!助けてやったのに シカトかよannoy

「……………」
「ああっ!!ホントうぜーな!お前!」

「………僕は 何処にも 行けないんだ……」

うつむきながら…ずっと頭に響いていた言葉をそのまま口にする。

居酒屋の中から、威勢の良い店員の掛け声や客の大笑いする声が漏れてくる。
雑音…胸に刺さる攻撃的なノイズ
(いやだ……)
耳を塞ごうとした時、アサヒがぽつりと呟いた…
 

「あのお前しか愛せない単純なバカが…ずっとお前の横に居てもか?」
「………?」

「あいつは例えお前が死んだ所で後追いなんかしないさ…助けられなかったとか言ってず〜と後悔して、それでもお前をずっと好きなまんまで、でもお前は帰って来るわけじゃ無くて… 柏原お前…それがあいつにとってどんなに残酷なことか分かるか?」

アサヒを見上げる。

「湊兄ちゃんに助けられた命だ… あいつはそれを放棄する事が…どんなに罪深いことか分かってる… だからカイトは 死ねないんだよ」
 

カイト………
 

カイト?

アサヒの指差す先に現れた、人の波の中でもひと際目立つその姿
ぼやける目で視認する。


「なにやってんだよ……っ!! ユキ!!」
叫ぶ。
「カイ ト?」

どうしてここに 居るんだよ…………? 

昼間の病院
(もう終わりにするから 僕なんかには構わず 今まで本当にありがとう さようなら)
…… あの時 手はほどいたはずだろ?

僕たちは もう

なのにどうしてカイトが 泣くんだよ………?


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邂逅する。

振り上げられた手。
『殴られる!』
僕は思わず目をつぶった。
けど
その手は、僕の頬寸前でぴたりと止まり、一瞬の間をおいた後…硬直しながらゆっくりと下ろされた。

「しんぱい…させんな…よ!なにやってんだよ…お前!!
朦朧としていた頭が、突然起こされたかのように…明瞭にその感覚を変える程大きな、とても大きな叱責の声だった。

「カ イ ト……?」

「いいかげんにしてくれよ」

震えるような悲痛な声だった…

その時泣き崩れたのは僕ではなくカイトの方で…しかもカイトはずぶ濡れで…僕はどうしていいか分からず、ただカイトをみておろおろと立ち尽くした。

「お前が居なくなったら… 死んじゃったら… オレどうすりゃいいんだよ…!」

雨は いつの間にか 止んでいた…
 
 
 

あの時、僕は中年のサラリーマンからホテルに誘われて…なんだか投げやりな気持ちでそいつについていった。

そのあと何をするかも、それが恥ずべき行為だという事も分かってた。
けれど僕はどうせ死ぬんだ…
三倉崎に抱かれたような僕が今更どうなったって何も変わるわけじゃない。

でも肩に馴れ馴れしく触られるのはどうも気持ち悪くて…歩きながら、その手を払おうとした…

その時
サラリーマンが僕の脇から突然消えて

びっくりして振り返ると、嫌な音と共に地面に這いつくばるそいつの姿。

そして、呻くそいつのスーツの襟を掴み無理やり立ち上がらせ、再度顔面を殴る長身の青年の姿。
 

「おい…きもオッサン…良い年してこんな乳臭せぇガキに手ぇ出してんじゃねーよ…」
「な、なん なんだ! 君は! け…警察を呼ぶぞっ!!」
 

青年がニヤリと笑う。

「はっ! ど〜ぞ?呼べるもんなら呼んでみれ ば?!」
「なんだと… っ!ぐはっ!!

今度は胴体に入った蹴り…僕も経験した事があるあの重い一発だ…

サラリーマンは慌てて自分の鞄を抱え、僕を見る事も無くそこから逃走し…

この人気の無いホテル街に残ったのは、あまりの光景に声も出せずにいる僕と

«木島アサヒ» 
二人だけだったんだ……。
 
 

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ノイズ

なんでこんな事になっちゃったのかな…
僕はいったい «どうしたい» のだろう?

もう家へは帰らない 帰れない……

じゃあこれから 
僕のこれから…?
 

夜家族と久しぶりの食事をしてから、僕は家を出た。
その両親やサクとの一時が幸福なものであれば幸福なものであるほど、何かが僕を追いつめた。

ここは何処だ?
風俗店や居酒屋が並んでる… 意外にもこんなにぎやかな、人気の多い場所にふらふらと歩いてくるなんて…

『未練があるんだろ?』

(……………)

『それとも最期を向かえる前の人恋しさか?』

(三倉崎……)

「お前の事を思い出してから、先輩は僕の夢にも現れなくなってしまった… なのにお前は未だに僕につきまとうのか…?」

幻聴なのかもしれない。
病院は出たものの僕はまだ壊れているのかもしれない…
でも不思議とあいつの声を聞いたところで、三倉崎への恐怖は薄れていた。

そして恐怖という感情が、まだ僕に残っているとしたら それは 僕自身のそれにすぎなかった。
 

『ひゃははは! あいつは 鷹木はお前を見捨てたんだよ! バイバイ 二度と会いたくないッてさ』

「だまれ…」

『地獄の底でも どうせあいつは待っちゃいねーよ』

だまれ!!

人目も顧みずに叫んでハッとする。
幾人もの人が、僕を怪訝な目で見ながら通りすがる。

立ち止まり…火照るような頬を押さえて、ゆっくりと深呼吸をしてから、また歩く。

人の形がはっきりと見えない。
耳すらも何か洞窟にでも入ったように遠くに低く響くように共鳴して、人の声なのか店から流れる音楽なのかの区別がつかない。

息苦しい。気持ち悪い…… 思わず胸を押さえてその場に座り込んだ。
生きることなんてどうでも良いと思ってるくせに 苦しい だなんて…

(笑わせる……)

「どうしたの〜 君 気分悪いの」
男のような声が僕の背をさする触れ、話かけてきた…
「大丈夫?だめかな? ちょっと休んだ方がいいんじゃない?」
ぼんやりとそいつの姿に目を凝らした。
中年の…スーツ姿のサラリーマン…みたいな

ぽつんと雨粒が頬にあたる…
雨だ… 

もうどうでもいいんだ… 別に 美しい幕引きなんかを望んじゃいないんだ…
僕はもう一人になった。
みんな捨てて来た。
きっと死んでからも一人なのかもしれないけど…

そのサラリーマンに肩を抱かれるようにして僕は何処かに歩いて行く。

そいつが指で数字を示して僕に見せる。

なんなんだこの世の中は… 僕はいったい何に しがみついているというのだろう…


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リロード

携帯のメモリーを消して、ジョイントの部分を逆に折り、壊す。
それをナイフと一緒に公園のゴミ箱に捨てた。

僕は先輩の言いつけ通り、そのまま家に向かおうとした。
明日から、何事も無かったように生きる為だ。

「あしが うごかない」

さっき、先輩の前で死を覚悟した時はなんの恐怖も無かったのに… 
今は、生きるという事が逆に恐ろしかった…
あいつの死を隠すことがそうなのじゃない。
僕は先輩を巻き込んだ責任か? それもあるけど もっと別な事…

「僕はもう 身体の底から汚れてしまった……」

先輩は僕を見るたび、今日を思い出すだろう。
まるで、まだ僕の中に残ってるかもしれないミクラザキの痕跡を見透かすように、僕とあいつを重ねて見るかも知れない。

先輩が守ってくれていた僕は、こんな汚い僕じゃ無い…

そうだ 先輩はきっと、憎んで、後悔して、苦しむ事になる…

『一生、つきまっとてやる』

ミクラザキの幻聴がまた耳の奥に響く。

「勝手にしろよ… どうせ狂った死にぞこないみたいなもんだ… だけど」

さっき学校で別れる時、絶対に早まった事はしてはならないと先輩に約束させられた。
先輩の約束は絶対だ。
だから、ぼくはまだ しねないんだ しねない………

「いっ…痛!」
また激しい頭痛だ。

後頭部に激しい熱と痛みを感じて、うめきながらその場へうずくまる。
息が出来ない…吐きそうだ…!

早々に天罰なのか?天罰?あいつはのうのうと生かされていたのに!!

でも そうだとしても 

ぼくは あのひとを… こんなところへのこして いくわけには いかないんだ… 

いつの間にか日が暮れていた。
公園の薄闇の中で虫やカエルの鳴き声が一帯から聞こえている。
月が白い… なんだかとても神々しい…
僕は重い身体を、ひきずるようにしてゆっくりと身を起こした。

「あれ?なんで僕 こんな所にいるんだろう? なんだろ? 身体が…痛い」
「あ、そういえば先輩が山で待ってるんじゃなかったっけ?」
「なんで山なんだ? でも早く行かなきゃ… 夜になっちゃうよ」
「ああ、やだな なんでこんなに汚れてるんだよ」

僕は制服についた泥を汚そうに払いながら立ち上がる。


(この日、僕の記憶は 欠落した)

「ああ、月がきれいだなあ」
 …微笑む…

(三倉崎楓の記憶は、僕の中からその一切が消滅していた)

先輩が大事にしてくれた、純粋で無垢な かりそめの 柏原ユキで居る為に
僕が明日から 素知らぬ顔で 生きて行く為に……


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はじまり

(実に笑わせる… キレイな言葉を並び立てて 正義ぶって またご同情をいただきたいのか?) 
…………
(結局何もできなかったじゃないか 結局逃げただけじゃないか?)
…………
(幸せだ? 実に滑稽だ… これは 終わりなんかじゃないぞ)

「おわりじゃない?」

夕日の光がさらに赤みを増していく。
何処かで夕立でもあったのか、空の向こうに重く浮かぶ鈍色の入道雲の塊と湿気を帯びた冷ややかな風が髪を乱した。

誰も居ない公園のブランコ

僕は先輩に言われた通り、ミクラザキの青い携帯を開いて僕のアドレスや履歴を消去した。
僕に送られたメールを見るだけで吐き気がしてきて、あいつの記憶が僕の身体に蘇ってくる…

「くそっ…」
酷くなる震えを止めたくて必死に自分の腕を抱えた。

僕をあざける笑い声 暴力 

僕の中で、僕が痛みに苦しがるのを楽しむように…激しく動いていた…あの感覚まで

「いたい いたい 痛い………!」
今度は激しい頭痛だ。
僕が痛みに目をつむり、開けた次の瞬間だった。

ブランコに腰を下ろした僕の足首を誰かの«手»が掴んでいる!!

「ヒっ!!!」

そこに這いつくばっていたのは、居るはずの無いミクラザキの身体だった。

慌てて逃げようとする僕の身体を、足首をしっかりと握って阻止する。
赤い空に、オオオオっと低いうなり声のような風が響き渡る。
僕はブランコの鎖をにぎり、必死に逃れようと暴れた。

「なんで! なんで! なんで! なんで………?!! し、 しっかり しないと… これは」

幻覚だ!!

『ちがう』

その時、突っ伏していたミクラザキの頭が
ゆっくりと動いて
笑いながら僕を 見る…………

「だって…死んだだろ? なんで つきまとうんだよ?」

『ちがうんだよ』

「違わない!!! お前は死んだんだ!!!」

ミクラザキが片方の口端だけをあげて、ニヤリと笑う。

『だって お前の身体ん中 オレまだ残ってんだろ? 柏原くん?』

っ!!!!

『お前が死ぬまで つきまとってやる』

赤い
赤い
赤い
僕の頭の中はこの空のように、あの先輩のシャツを染めた返り血のように真っ赤になっていた。

携帯を、居るはずの無い でも間違いなくそこに存在している ミクラザキの身体に投げつける!!

「地獄に堕ちろ!!!」
僕は叫んで、消えた幻影を確認して 腰を抜かした。

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運命の日.3

「せんぱ い… な ん で…?」

ミクラザキは制服のブレザーにいつもバタフライナイフを隠してた。
僕がそれで脅された事は無かったけれど、まさかあいつも…自分が持ってた凶器で命を落とす事になるなんて夢にも思っていなかっただろう…
僕を抱くのに脱ぎ捨てられたブレザー
ナイフは偶然に、それともなにか必然的に内ポケットから落ちてしまっていた…

「て… め… タカ ギ…」
「三倉崎… よくも 貴様…!!」

ミクラザキの背中に深々と突き立てられたそのナイフ
それを怒りに震える表情で握った先輩… 先輩の白いシャツが見る間に赤に滲む…
僕は混乱して、身動き一つ出来ない…今視認している情景をイメージは出来ても理解が出来ない…

許せない… 貴様だけは 絶対に ゆるせない!!

とぎれとぎれに、涙まじりの震える声で でもはっきりと聞こえた先輩の言葉。

先輩がミクラザキを刺した

ぼくのせいで

ぼくのために… 人を…

「お い… かしは…」
僕の膝の上にがくりと倒れ込んだミクラザキに突然名を呼ばれてギクリとなる。

その視線は、一瞬…哀願の光をおびていた… 僕に? お前は今更僕に なんで救いを求められる?!

もうその腕は僕を殴れない。
その足で僕を蹴る事も出来ない。
その身体で僕を陵辱する事だって…

ミクラザキは僕の無感情な視線を受け取ると、そのまま僕の脇に転がるように倒れ…
何度か痙攣した後、動かなくなった。僕はそれを冷酷に見守った。

「… しんじゃった… 」


先輩が2、3歩ふらふらと後ろ向きに退いて、腰からへたり込む…そして両手を見つめてそのまま頭を抱えた……

反対に僕は、痛む身体をなんとか奮い立たせて、ズボンをはき直し
ミクラザキから引き抜かれた血まみれのナイフを手に取った。

もうおかしくなっていたのか、それとも僕にも多少なりとも男気みたいな物が存在していたのか
僕はあいつの死に関して冷静だった。
そんな事より、僕とって今…絶対的に死守しなければならない事…

「か し は ら… おまえ なにを」

「僕の願いだったんだ いつかはきっと僕がそうしてた…」

「え……?」

「ごめんなさい 僕がもっと早くそうするべきだったんですけど… でも大丈夫!!」

「いったいなにを…言ってるんだ? 柏原」

「三倉崎は僕が殺したんだ…」

せめてもの 償い…
僕は先輩を守らなければならない。
僕のせいで先輩を殺人者にするわけにはいかない。
願いは叶った… だから今度は 僕が僕自身で…その見返りにきちんと幕引きをしなければならない。

僕がやったと警察に電話をして
それで警察が来る前には…………
よかった… 僕の死は これでやっと 意味のあるものになる… 

違うだろ!!
「…!」
僕は腕を引っ張られて、立ち上がった先輩に抱きしめられた…
「お前は 被害者じゃないか……!!あいつは オレがっ!!」
「僕は言うよ… 僕がやったって 絶対に言うよ! 先輩が口を出しても警察は僕の方を信じる…だって僕は三倉崎を心から恨んでいたんだから」

そうさ…心の不安定な僕が 同じ男に 犯されてたって言えば ……
そして その悪魔から僕を救ってくれた スーパースター!
今その腕の中に僕は居て、僕はとても 幸せだ……

 こんな血まみれの異常な光景の中でさえ

「……… 山に 捨てよう」
僕を抱きしめながら、静かに先輩が呟いた…


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運命の日.2

「よう 柏原君? オレ昨日来いって言ったよな?」
「っ!!」
放課後、一階のPC室の窓から外へ出て、教職員の通用門へ走る途中、僕はまんまとミクラザキに捕まり…人気の無い第二校舎の裏手に引きずられる。

今は使われていない焼却炉と、運動部の備品を保管する倉庫と、夏になって急に生い茂って来た雑草と
倉庫の側面に向かって突き飛ばされ倒れた僕 それを冷たい瞳で見下ろすミクラザキ

「もう嫌だ! もう散々僕をなぶっただろ? いい加減に飽きてくれよ…」

今朝、先輩とかわした約束すら守れない。
僕を心から心配してくれる先輩を思うと、なんだか自分の不甲斐無さに情けなくて胸が苦しくなる。

いつもは黙って殴られ、運が悪ければ身体を開かされ…恐怖に震えて、僕の間で…笑いながら腰を揺らすこいつの顔をただ朦朧として見ている…

「ああ? …飽きね〜なあ〜 なんでかな〜 女でもこんなに続いた事ね〜のに」
「僕はあんたの女でもないし! 奴隷でもない!! もう… 限界なんだよ… やっと…やっと当たり前の生活が出来るようになったのに また夜になると思い出す… また腕を切るんじゃ無いかってずっと眠れないのに!!」

「そんなの オレの 知った事じゃねーよ」

確かに そうだ…

かすかに、微々たる同情を期待した僕が 馬鹿だったんだ…


日が暮れる。
赤い火のような夕日だった…

この日の暴力はいつもの非じゃ無かった。身体だけじゃなく、顔も何回か殴られた…
僕の口答えが、相当ミクラザキのご機嫌を損ねたんだろう。

ああ… 今日もヤられるな… ……。下品な言葉 これもあいつの影響だ…


非道い暴行のお陰でもう下半身にも感覚が無い… 意識も微妙だ… このまま気絶でもしてしまえば起きた時には一人になれる。

先輩はもう、帰っただろうな… 
明日 なんて言い訳を したら いいだろう?…

僕の意識がもう少しで飛びそうになったその時、僕に覆い被さっていたミクラザキの身体が飛び起きるように離れた。

三倉崎っ!貴様!!
!!!!!!
必死で頭だけを上げて声の方向を見る。


なんで………… 
なんで たかぎせんぱいが ここに いるんだよ


「邪魔すんな…」
僕からあいつを引き離そうとした先輩を、ミクラザキがいとも容易く殴り飛ばす。

「せ ん ぱ い」
叫んだつもりが声にならない。

先輩が僕を見る… 制服のズボンを膝下まで下ろされ 惨めに仰向けになった僕の姿を…

人がする…あんな哀しげな表情を

僕は

生まれてこの方 見た事が無い…

「鷹木君さ〜 オレこいつ貰うわ… おい…そんな顔すんなよ オレが終わったら最後の記念にお前にもヤらせてやるから だまってそっちで擦ってろ!その位一人で出来るだろ? ヒャハハハハ!!」
「……… みくら ざ…き」

まるで、その行為を見せつけるように
ミクラザキは笑いながらもう一度僕の足を無理矢理開く
「いっい や だっ!!」
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!! 先輩の前で こんなのは… なんて奴 なんて最低な奴…!!


(…おまえなんて しねばいいのに…)


「へ…?」

ミクラザキの顔色が瞬時に変わる… 僕の足を抱えながら 戸惑ったようにゆっくり後ろを振り返る。

そこにはなにやら、ミクラザキの背中に何かを押し付けているような先輩の姿があった。


空の夕日は、また不吉な程に 赤みを増していく。
そして血のようなその色を ここに居る僕らの心にも 滲ませて…
 

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運命の日.1

それは運命の日
«運命»だなんて言葉はありきたりだろうか?
僕が僕の命のすべてを持ってしても償いきれない、ある事件が起こった日だ。


「最近、帰りが遅いんだって? 学校で何してんだ?」
「別に… 図書室とか」
「昨日行ったけど、お前居なかっただろ?」

朝、学校に行きすがら…自転車を転がす鷹木先輩に詰問される。

何をって
言えるわけがない…

「誰かにまた何かされたのか? 柏原?」
「……………」

朝だというのにもう蝉の声が聞こえた。
焼き付けるような夏の日差しの中で、僕は先輩に腕を掴まれ…口ごもる。
先輩の開いた襟の首筋には幾筋かの汗がつたっていた。

「お前、ここんとこずっと顔色が悪いぞ? 言ってみろよ… 大丈夫だよ…前のいじめだって無くなったろ?オレがちゃんとどうにかするから」
「なんでもない… なんでもないよ先輩。今日は早く帰る」
無理して笑ってみる。

僕は、三倉崎との事を先輩に話したらどうなるかを想像して酷く怯えた……
あんな事を先輩が知ったらきっと…僕まで軽蔑されてしまうかもしれない…
あれは暴力だ!
僕はそう割り切ってるんだ…! …でも 先輩に 知られるのだけは…

「…分かった じゃあ今日は一緒に帰ろう 放課後、校門な」
「…はい…」
「約束だぞ」

先輩は優しい。
そして僕は、こんなにも潔癖で純粋な人を見た事が無い。
僕は先輩の隣を歩きながら、僕自身がこうして先輩のそばで歩く事さえ、許されない事のような気がしてならなかった…

とにかく少し前の僕とは似て非なるもの。

僕は、堕ちてしまった。
どうして… 僕はそれを望んだわけじゃないのに…

(そうだ…先輩だって それを 望んだわけじゃなかったはずだ)

僕のせいで先輩が背負ってしまった十字架
僕がもっとはやく
それを実行していれば… 

そしてその後に僕が消えてしまえば、それですべてが終わったはずだ。

暴力?ちがうだろ?
そんな生半可なものじゃない… 僕はそうやって言葉で逃げていただけ…サクを守るとか奇麗事で、自分の果てしなく脆弱な心を守っていただけ…

そして僕のこの甘えが弱さが愚かしさが、この日を、呼んでしまった… 
誰よりも大切な人を その闇へ引きずり込んでしまったんだ。

(梅雨が明けたばかりの 7月のあの日…)


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三倉崎楓.2

(嘘なんだよ……。僕が汚れも知らない 無垢な人間だなんてのは)

目をつけられて、暴力を振るわれるのは慣れてる。
でもさっき腹を蹴られた衝撃は、今までされたどの暴力よりも激しい痛みだった気がする。
まだ痺れが取れない。腹に力が入らず叫び声も出ない。

化学室に連れ込まれ、立ち上がろうとしたところにもう一度、今度は足を蹴られた。
こいつは見えないところばかり狙ってるんだ…

「ちょっと なんで… なんでこんな事するんだよっ! 僕があんたに何をしたって」
「なんで? ハハハ!なんでって …面白れーからだろ?…」

「…っ?! なにするんだよ!!い、嫌だっ!!!」

ミクラザキが僕のベルトに手をかける。
その片方の手で、僕の抵抗する両方の腕は僕の頭の上で易々と封じられもう自由が無い。
何かが違った…
違う、次は殴られたり、蹴られたりするわけじゃない…
じゃあこいつは僕に何を…

「あ?嫌だ? なあ、もっと嫌がれよ…」
「え?!…や め ろ よ!!いや だっ!!」

ズボンが下着ごと下ろされ、暴れる両足を思い切り抱え上げられた。
「な、何をっ?!」
恐怖の眼差しでミクラザキを見上げる僕と、嘲笑をたたえて見下げるあいつ…
っ!!!

(だから僕が何も知らないなんて 嘘なんだ……)

「痛っ…!!…っ い た いっ!!助け…っ」
今までに経験した事の無いような激しい痛みだった。
身体の中心を突き抜かれ、それが何度も乱暴に 連続する…

「あれ?なんだ 君 鷹木と 何も してないんだ?オレが初めての男になっちゃったな?ハハハ!かわいそ」

僕は、僕の足の間で僕を蔑み続けるミクラザキをやっとの思いで見返して

そして

僕があいつに女にされているのだという事を自覚した。

屈辱とそれでも消えない恐怖と、そんな自分への怒りと…

(そうだ あいつが しねばいいと おもったのは ぼくが さきだったのに)


あいつは僕を執拗に付け狙った。
逃げれば捕まえられる。

携帯で学校のどこかへ呼び出されて、暴力をふるわれ、またあの行為をされる。
行く必要なんて無い…初め呼び出しを無視したら、

『柏原君、姉さんいんだろ? オレは女でも構わないんだぜ?』
メールにそう書かれてたんだ…

脅しかもしれなかったけど
僕はそれだけは守らなければならなかった。
あいつは危険だ。 きっとサクでも敵わない… サクは女の子だ… 男の僕はそれさえも暴力と思い込めばいい。でもサクは…

そのうちあいつも飽きるかもしれない。
その前に僕の身体が壊れるかもしれないけど… でも

サクを守ってるんだというプライドだけが、今の(あの時の)僕の最期の砦だったのかもしれない。

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三倉崎楓.1 

また白い天井…視線を動かすと白衣を着た男の人…後ろに女の人も居る…  
「やあ、今日は気分はどうだい?」
「………」
「今日もいくつか質問させてもらうからね?」
「………」
まどろむ僕は時折こうやって、あまり心地よくない世界に呼び戻される。

「えーと じゃあ君の名前を教えてもらっていいかな? ゆっくりでいいからね」
なんて当たり前で、下らない事を聞くんだろう?

「…… かしはら ゆき」
「うん。じゃあ年は? ユキ君は今年で幾つになるんだっけ?」

とし…?年齢… 
あれ、僕は何歳なんだっけ?

「…10…か 14か 15?……わからない」

なんで自分の年が分からないんだ?

「惜しい〜! 答えは17歳だ。次の誕生日がきたらね うん…次はね、今君が一番したい事を教えてくれるかな?なんでもいいよ たとえば美味しいものを食べたいとか… スポーツとか… なんでも」
したい事? そんなの無いよ… 
食べたいものなんて無いし、スポーツなんて見るだけでもめんどうくさい…
でもあえて…いうのなら

「ぼく 死にたい」

「………うん。それはバッテンだなあ… «生きたい»なら花丸だったんだけど…」

(あんたがそれを質問したんだろ? なんであんたにそれを採点されなきゃなんないんだ?)

だんだん声がノイズまじりの只の音になっていく。
視界もおなじ、放送を終えたTVの砂嵐みたいだ… 

よかった…これで僕は また夢の中で 先輩に 会いに いけるのだから…


『やあ』

またあの医者? 
ちがう コレは夢だ…


「おい そこの君だよ!」
放課後、もう帰ろうとしていたところで、ふいに声をかけられる。
見知らぬ笑顔。背の高い大人びた感じの先輩(3年生だ)…制服もきちんとしていたし一見すれば真面目そうな感じなのだけど、僕はなんだかその目だけが笑っていないように見えて…怖かった。

「鷹木と仲良いだろ?よく一緒に居るのみかけるからさ」
「いえ… 仲が良いっていうか…」
なれなれしく肩に腕をまわされる。

「ホントは君も知ってるんだぜ この学校じゃ有名だから…さ!」
「あっ!なに?!」

«そいつ»は、無理矢理僕の左手首を掴み自分の顔のあたりまで引き上げた。
「あっ スッゲー! まじリスカしちゃってんだ?!最近はやってないの?」
「ちょっとっ…!!止めてください!!」

無神経な行為への怒りと、腕の傷への羞恥心で真っ赤になってしまった。
それが«そいつ»の好奇心にさらに火をつけたのか、僕の腕を拘束したまま片方の手で僕の顎を乱暴に掴む。
「ははは!! あのクソ真面目な奴のご執着がどんな奴かと思ったけど…有りだな?!かーわーいー!!で?!そのカワイイ顔があいつとヤる時はどうなっちゃうわけ?!」
「は?!あんた何言ってるんだよ!!」

夕日が窓から差し込む。
その廊下には誰も来る気配がない。

「っ!」
僕は思い切りそいつの頬をぶった!!
とにかくこの場を離れよう! 一瞬離れたそいつの腕から僕は身体を翻して、全力で走って…!

でも哀しい事に…
僕の左手首にはまだしっかりと、そいつの手が握られていて…

それを見て愕然とした瞬間、腹辺りに鈍い衝撃が走り僕はその場へ倒れ込む。

「びっくりした〜 はははっ!やっぱおもしれーな!」
「ゲホっゲホっ!!」
膝蹴り… 嫌な笑いかた… 

「ははは!! そーだ!! こっち来いよ!」
「ゲホっ!…えっ?! ちょっ ?!」
無理矢理、僕は床に這ったまま腕を引っ張られ 隣の化学室に引きずり込まれた。

こいつが
«ミクラザキカエデ»
僕はこの日…あいつの

(あの日から僕は、あいつのおもちゃになったんだ)

 
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7月の話.2

浜辺の花火会場は大勢の人でごった返していた。
僕は先輩の背中を見失わないように、慣れない下駄で早足。

先輩はまた背が高くなった…なんだか後ろ姿も少したくましいように感じる。
1年しか違わないのにな…
僕は自分の体型を思って少し情けなくなりつつも、なんだか赤面していた。
(なんで僕が赤くなるんだ?)

ドンっ
「おい!おねーちゃん!何処に目ーつけて歩いてんだよっ!annoy
「はっ あ…! す、すいません!すいません!sweat01

浴衣を肩までまくり上げ、その腕には色鮮やかな鯉の模様…………
その時、僕はその…大きなガタイの、あまり柄の良いとはいいがたい男の人に…真正面からぶつかってしまった。

「あ〜れ〜? 君マジかわい〜ね〜 おねーちゃん中学生?今日ひとりなの?」
急に舐めるような目つきで、にやにやと上から下までじろじろと見られる。
さらに肩を掴まれて、思わず息が止まりそうになる。

やっぱり浴衣なんて着るんじゃなかった…!
花火だって家の2階から見れば、ほんの小さくだけど見えなくはなかったのに!
あっ!
なんかこの人仲間呼んでるよっ! 逃げないとっ!で、でも肩をっ

「ちょっと! は な し …っ!!
そう僕が叫びかけたとき、誰か後ろから身体をグイと引き寄せられた。
仲間?!つかまった!!

「すいません こいつオレの連れなので… なにか失礼がありましたか?」

「せ、先輩っ!!crying

僕が来ないのに気付いてくれた先輩が、そのチンピラ(だってまさにそんな感じだったんだ!)の真正面で、僕を隠すように立つ。

頼もしい先輩の背中…
そんな状況じゃないのに、なんだか嬉しいような気持ちでドキドキする。

「あ〜?!なんだよ!男連れかよっ」
…僕も男なんだけどな…

そして次の瞬間
ドンという乾いた爆発音

暮れ切らない薄明かりの空に、大輪の菊のような 白い 光の 火花

その始まりの1発目に続いて、今度は連続して色とりどりの火柱が空に弾ける。

「おおっ はじまったな!!」
チンピラが嬉しそうに叫び、やってきた他の仲間達とどこかへ行ってしまった。

そして…最初の花火のあと、次に僕が魅とれたのはそれじゃなく
無表情ともとれるような、冷静な表情で音と光の方向を見つめる先輩の横顔だった。
その瞳のなかに映る、白い火花を僕はうっとりと見つめていた…

「…オレはあんまり こういうのに興味も無かったんだけど」
「きれいなのに でも僕、こんなに近くで見たの初めてだな」
「お前に言われると、なんでも奇麗に見えてくるから不思議だな」
「え?」

「こうやってさ 冷やし飴のガラスに空を映してさ オレ今でもたまにやるんだ」

「??…なんの話ですか?」

また大きな音と共に花火が上がる。

「忘れちゃうんだもんな〜お前… まあいいさ オレの一番大切な思い出」
優しく笑った先輩が僕を見る。
僕は何の事か分からず、少し戸惑ったけれど…なんだか幸せな気持ちでいっぱいだった。

ずっとこの時が続けばいいのに

この先ずっと先輩と居られればいいのに

僕は先輩が大好きだ…

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7月の話.1

あれはまだ、僕が本当に無垢だったかもしれなかった頃の話。
そしてある日を境に、それを失い、それに関わる記憶すら消去してしまったと思われる
身勝手で 自分でさえ確証の持てない…とても曖昧な話。

僕は病院の屋上から飛ぶのに失敗して最大の機会を逃してしまったわけだけど
本当はもっと前に、それを実行すべきだったんだと思う。
闇雲に切り傷をつけるような行為なんかじゃなく…
もっと、確実に…
そうすればすべては
変わっていたかもしれないんだ…


ジージージージージーィ
ジージージージージーィ

「蝉うざー うざっ!ホントうるさい!」
「そんな事ないよ 夏って感じで僕は好きだけど…」
「限度があるじゃん! しっかもたまに顔にぶつかってきたりさー 虫きらーい」

ある夏の7月… 梅雨も明けた本格的な夏のはじまり

今日は浜の花火大会で、僕とサクは先輩の家で浴衣を着せてもらっていた。
扇風機の風が心地良い…
開け放たれた窓から、蝉の大合唱。

そして浴衣なんて着るのは初めてで、もう僕らはおばさんの言いなりになってた。

「さー 出来た! 我ながら上出来ね!」
おばさんに背中をポンとたたかれる。
サクも有頂天だ。満足気に鏡台の前でくるくるとまわってる。

「晴彦ー もう入って来ていいわよ」

遠くで返事をする声がして

板張りの床がきしむ音が近づく…

障子の向こうから先輩が

(…………先 輩 が…………)

先輩が顔を出す。

「待ちくたびれたよ 別に 浴衣なんて着ないでいいいのに」
「そんな事言っちゃって〜 鷹木先輩heart01うちの弟の可愛らしさを見てやってよ」

「あっ やめろよ サク!!」
サクに両手で前につきだされる。

「………… 母さん」
「ん? なあに? 可愛いでしょ?」
柏原と… サクちゃん… まちがっただろ?

えっ?!
僕はあんまり見なかったんだけど、よくよく見れば僕は女物、サクは男浴衣を着せられていたんだ…

「お、おばさん!!困るよ!!早くっ早く着替えさせて!!」
「あらあらあら〜 こっちがユキちゃんだったのね〜」
先輩は柱のあたりで苦笑い。
サクはサクでとっくに気付いていたのか、全くの動揺も見せず…逆にそれを気に入ったみたいで、友達に見せてくると飛び出していってしまった。

「ちょっ!ちょっと サク!!」
困る…
この頃の僕は今以上に女顔で…試しに鏡を見てみたけどやっぱりまんま女子だった…

「もう行くぞ! これ以上待ったら花火大会間に合わない」
「えー!! で、でも…」
「誰だ?花火大会に行きたいって言ったのは?」

僕だけど………………

「ユキ君大丈夫よ! 誰が見てもカワイイ女の子だから!」
「おばさん…親指たてないでよ…」
それに、そういう問題じゃあ ないんだけどな……
「先輩は…着ないんですか? 浴衣?」
「めんどうだから」

サクが居なくなってしまたので、僕は(渋々、そのままで)先輩と二人だけで浜へ行く事になった。
青々と茂る桜の参道を、その下に見える海を見下ろしながら歩いて行く。
西を見れば太陽が傾き始めて、空の下の方はもう赤く染まっていた…

「夕日ってちょっと怖い」
なんでそんな事を思ったのか…
「そうか? オレはなんとも思わないけどな」

(僕が先輩を«そこ»へひきずりこんだ)

赤い光、長い灰色の影を足下に引きつれて…僕らは言葉少なく歩いていった…

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火花

瞼の裏の闇の中に
バチバチと白い火花が弾けては 
消える…

もうずっと、それが繰り返して…いったい何日がすぎたのだろう?

眠れない… 多分これは寝ていないんだろうな

ああ、先輩の家に行きたいな…
こんなときは先輩が一緒に寝てくれるもの
先輩の布団に入れてくれて、両腕でやさしく抱きしめて、胸の鼓動を聞かせてくれる。

(そんなものは もう 二度と)

また火花…
嫌だ
キレイだけど… なんだか怖い…

(あの人は死んだんだから)

しんだ?
だれが?

「こ わ い… 」
「ユキ? ユキ… 大丈夫?」
だれだろう? 僕は重たい瞼を少しだけ開けてみる。

「ユキ」

「お ね え ちゃん…?」

「……………  …うん ちゃんとここに居るから」
心配そうなサクお姉ちゃんの顔だ… 心配? どうしたのかなあ?

「…火 ああ…そうだ 花火みたいだ」
「え?…」
「なのに なんで 怖いんだろう?」

花火
夏に先輩に連れていってもらった、浜辺の花火大会…
夏?いつの夏?
なんだかよく分からない…

「おねえちゃん 僕… 頭が痛い」
「うん 大丈夫よ…すぐ…先生に来てもらおう」
お姉ちゃんが僕の額にそっと触れる。

「鷹木先輩に…会いたいなあ でも高校で忙しいんだろうなあ」
「……… そうだね でも、そのうち時間が出来たら 会いに来てくれるわよ」

(嘘だ……)

頭がズキンズキンと脈打つように痛む。
たまらなくなって目を閉じると、また映る火花…それが今度は音も無く大きく弾ける。
そして眠りとは違う無意識の先に、闇ではない映像が広がっていくのが分かったんだ。

楽しそうに話す人の声がする。

そうだ…これは記憶… 僕はまどろみの中で何かを思い出している。

 
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タイムリミット

この曖昧で不浄な魂の溢れる世界さえ受け入れてくれるなら、今ここで僕の身体を捨ててしまえばきっと…あの«海»へ沈んでいける。

希望の海だ。

希望

今朝、珠子は生まれ変わったらもう一度人間になりたいって言ってた。
そうだな 僕は 
空や、花や、音や、…波や
意識を持たない、人でない別の物になりたいな…
それでもし叶うなら
そういった物になって、何処かで生きる先輩のそばで

僕がそんな思いで遠くの海を見ていたとき、あの悲鳴みたいな強風が今度は轟音を伴って吹き荒れた。

そして僕がそうするよりも先に

網の天辺にまたがっていた僕の身体をさらい

僕の身体は、その赤い空に向かって思い切り傾いた…

(ああ やっといけるんだ)

『やあ』

(… だれだ )

お奇麗に死なせたりなんかしね〜ぞ かしはらくん?

(お ま え…っ!!)

「ユキ!!!」
左足を思い切り引っ張られる。
膝が抜けるんじゃ無いかと思うような痛みが走り、今度は誰かに腰のベルト辺りをつかまれ僕はバランスを崩した姿勢のまま、空ではなく屋上側へ胴体から転がるように落ちた。

「し、…しっかりするんだっ!…ユ キ」
「父 さ ん…」

ぜいぜいと荒い息をしながら、父さんが僕に馬乗りになって肩を押さえ、拘束する。
仰向けのまま、横を見るとサクが泣きながら腰を抜かしたようにしゃがみ込んでいた。

「邪魔しないでよ もういかせてよ 僕は正気だ ぼくは…」
僕なりに必死にもがいたけど、父さんの僕を押さえる腕はびくともしない。

「わかった… わかったから落ち着きなさい… 大丈夫だから 先生に薬を打ってもらおう ユキ…」

僕は正気だっていってるだろ!!

さっきまでこの屋上を隙間なく照らしていた赤い光が、だんだんと暗さを帯びてくるのが分かった。
西の空の月が夜の闇を呼んでいる。

「ああっ 暮れちゃうよ! 早くしないと…早く逝かないと 先輩の居場所が分からなくなる!!放せ!放してよ!!お願いだから 僕を死なせてよっ!!!」

「だめだ」 

「なんで…っ! 僕は今まで父さんにお願いなんかした事ないよ なんでもいう通りにしてきたよ… なのになんで最期のたった一つの願いくらい聞いてくれないんだよ…」

そう言う間にも影はどんどん空を浸食していく。
それでもまだ頭上に残る赤い火は、ザワザワと僕への恐喝を止めようとしなかった。

「あっ み、見られてるよ …父さん 何人も何百の人が 僕を見て…」
目の前の父さんの姿がぼんやりとしか見えない。焦点が合わない。
そのかわり、さっきまではただの赤い光だったものがどんどん人影のように形を変えていく。

「なんでお前までいるんだよ!!! ◯◯◯ザキ!!!」
「ユキ? ユキ!!… サク! 先生呼んで来い!!」
「え、 な …に?」
「サク!!急いで」
「うん!!」
「来るな 来るなよっ!嫌だっ! わああああああああああっ!!」

父さんの腕の下で、もう父さんからというよりその光から逃れたい一心で散々暴れ、支離滅裂な事を叫び、そのまま僕の意識は無くなった。

終わった。
身体はともかく
僕の心は今度こそ壊れてしまったんだなと
おかしくなった僕を見つめるもう一人の僕が呟いていた。
 

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赤い空の門

ようするに僕はもう正気じゃなかった。

ふらふらとした足取りで階段を上る。
もう涙なんか出ない… 考えてみたらあそこに寝ているのは先輩じゃない。

僕が愛してるのは亡骸なんかじゃないんだ…

「ほらユキ、はやく行かないと… 先輩においつけないぞ」

たどりついた重いガラスの扉、鍵を開けてノブをひねる。
そのガラスが開いて外の世界が見えたとたん、海から吹き上がる強風が僕の身体をあおった。

病院の屋上。

ここから見渡せる病院を囲む雑木林は左右に大きく揺れ、幽霊の悲鳴みたいな風音がそこら中を切り裂いている。
そして
赤い…まるで火で燃えているかのような真っ赤な空……

その空の手前には上るには少し高い網がぐるりと張り巡らせてある。

僕は2、3歩足を踏み出した。
踏み出して…1歩下がる… 

「なにやってんだ? あそこを越えれば 空もとべるぞ?」

また空にあの悲鳴が響く…
赤い空が、あざ笑うように僕の四方を取り囲む。誰も居ないはずのこの場所に、ざわざわと何百人もの人の気配を感じた。 

「誰?誰だよ?! 何だよ…こ れ」
足がすくんで動かない。耳を塞いでも鳴り止まない。

これはきっと«死の門»だ…!

こわい…怖い怖い怖い怖い!!!先輩怖いよ!!!

『ユキ…こっちには 来ちゃダメだ』
「…え?」

ユキ!! なにやってんの?!

ハッとして振り返ると、サクと父さんが扉を開けてこっちにくる。

邪魔をされる…!
また閉じ込められる!!
もう二度と先輩に会えなくなってしまう!!

僕は恐怖を忘れて、全力で走り網に手をかけた。

ごめんなさい 父さん 
ごめんなさい 母さん そしてサク …僕は この身体が重くて仕方が無い…

いやっ!!ユキ!!!

ギシギシときしむ網を上り切り、さあ飛ぶぞという時に僕の視界の奥に映ったもの。
「ああ…」
それは今にも太陽を飲み込もうと、光を四方に照らした 僕らの 海 だった。
 


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西日

テレビドラマとか映画とか、最後は奇跡が起こるだろ?
恋人だったり、家族だったり… 友達の必死の呼びかけで
死の際から 愛しい人が還ってくるんだ…
『まだ 死ねない 自分を呼んでる人がいる』ってさ

僕だって叫んでた
病院に着いてからも 泣いて、わめいて…自分で自分をコントロールなんで出来ない…ひたすらずっと先輩の名前を叫んでた… 

「ユキ 鷹木 先 輩… ダメだったって…」

いつのまにか、病院の待ち合い室にはサクや僕の両親が来ている。
顔を引きつらせた、何かに耐えてるような顔のサクがどこからか歩いて来て、廊下に直接座り込んでた僕の前に立ち… それを 宣告 する。

「ダメ って なに」
わめきすぎたせいか、声がかすれて、上ずる…
サクの言葉を理解できない。
呼吸をするのが苦しくなる… 顎が痙攣する。

「死んじゃったのよ… もう還ってこないのよ」
「し ん だ?」
母さんが後ろから首を振る僕を抱きしめる。

「ユキ しっかりするんだ 病室に行って…お別れをしに行こう」
そういったのは父さんだ と 思う…

お別れってなんだ?

死んじゃったって どういう事?

まるで慰めるみたいに 触るのは 止めてくないかな?

「嘘…うそだよ 何言ってんだよ? 先輩が 僕をおいて…?」

しぬなんて

「ユキ…」

ひとりで死ぬなんて

僕に最期の言葉さえ

遺さずに……

「…そんな残酷な事って あるかな…」
…ほら、奇跡なんて この世にはないんだよ…


支えられながらその場所へ… 西日が差し込む小さな病室。
激しい嗚咽が聞こえる。
おばさんの声だ… その隣には呆然と立ち尽くすおじさんの姿。

そしてベッドに横たわる、もうなんの管も呼吸器も付けられていない先輩の身体…
僕はそこへ、なんとか一人で歩いて行った。
「ユキ君 ゴメンね… 晴彦に 声をかけてやって…」

側にしゃがんで、まだ血のにじむ頬の擦り傷に触れる。もう二度と開かれないだろう瞼や唇にも触れる。

「痛かったでしょ?…辛かったでしょ?こんな 傷だらけで…」

もう体温なんて 感じられない。
あの日僕の身体に伝わった熱の片鱗すら 完全に失われて…

完全に? …永遠に もう

「つめたいよ なんでこんなにつめたいんだよ… せんぱ…」
そこで僕はハッとして、そのベッドから離れ、呼びかけるサク達を振り払い病室を出て行った。


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I'll follow you wherever you go…

『はあ…』
こんな大きなスコップで山に穴なんて掘った事が無いし、体力には自身があったけど…やっぱり慣れない事はしない方が良いって事だ…

手のひらの血豆がつぶれて、グリップにそれが染みている。
このスコップも捨てなくちゃ…

それから
それからどうしようか…?

月が煌煌と夜を暴いてる…

『月なんて嫌いだ 墜ちてこの世ごとなくなってしまえ』

自暴自棄…?オレらしくないなあ…あの男と同じ場所でしぬのはもっと嫌だし…

(先輩!)

『柏原…?お前 家に帰ってろって言っただろ! なんで戻って来たんだよ!誰かに見られたら…』
(だって… 暗くてよくわからない いつ夜になったのかわからない)

『え?……』
(ねえ先輩… それ 何埋めてたの?)

『なにって…お前……』
(もう終わったの? 良かったね… じゃあ僕と一緒に 何処かへ行こうよ)

『か し は ら …?』 

何処かへ…

ごめん オレ もう 一緒には 歩けないんだ


センパイ?…先輩先輩先輩先輩っ!!!

野次馬を押しのけて、担架に横たわった僕らと同じ制服のその人にすがりつく。

「なんだ君! 止めなさい!」
「なんで…?! なんとか言ってよ!!」
「心拍停止!心マ! 須藤!電気ショック用意」
「はい!」
「せ… 先輩…!!た、助けてくださいっ!!お願いです!!この人助けてください!!」
「どきなさい!!邪魔だ!!」

僕はひたすらわめいていた。
いっしょに居た珠子が何をしていたかなんて分からない。
顔面蒼白の先輩は鼻と口から出血して、目をつむったままピクリとも動かない。

白衣を着た人がその身体を両手で何度も圧迫する。
痛々しいくらいに 
力を込める音が聞こえるくらい、幾度も幾度も…

「なんで… なんで なんで なんで!」

«し»が«死»に変わる… 目の前に現実として落ちてくる…

昔僕が何度もそれを望んだとき、決して叶えてくれなかったくせに
今更なんで生きてくれてなきゃいけない人を奪おうとするんだ…?
罰を与えられるとしたらそれは僕だ…
死ぬならそれは僕だけで…いいはずだ

い や だ…

嫌だ 嫌だ 嫌だっ…!!! 僕をこんな所におきざりにして逝かないでよ…!!

やっとここまで 僕らは歩いて来たっていうのに…
もう僕は、神様になんて 祈らないぞ…


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ノクターン

海の底に沈むか…それともこの身体を灰にして
あの空の何処かに消えてしまう事が出来たなら
でも
君を独りこの世に残して行く恐ろしさの前では
その願いさえも
あまりにもくだらない、夢のように思えるんだ…

『それとも君はもう… 僕の手を離して 生きていけるのだろうか?』

(せんぱい……?なに………?)

『愛してるよ… ユキ… 結局オレもこんな事言うのか…』

(??)

『愛に換わる言葉がみつからない… 本当はもっと深くて神聖