そいつは
反対車線のガードレールを挟んだ向こう。海ではない山側の、線路に並んだ細い歩道を、銀色のチャリンコで軽快に走っていた。
「おーい! ミドリ!」
車の中で助手席のオレを押しのけて、もう一度来栖が叫ぶ。
ミドリはそのまま行きかけて、
声に気付いたのか 急ブレーキをかけ
振り返り 手を上げて答える。多分♂ 顔は…遠くてよく分からない。
(来栖先生は 目は悪いよな?)
資料を見る時やパソコンに向かってる時はメガネかけてるしさ…
「穂高君 あいつ拾ってくから Hはちょっとだけ我慢な」
「えっ?はっ? 拾うって だってこれからオレ達飯食いに…」
「まあまあ ランチは大勢で食べたほうが美味しいだろ?」
なんだとっ?!!
「な…っなんでそーなんだよ!大体あいつ 先生の な に?!」
来栖はハハハと軽く笑った後(ごまかしたな!)…ここからオレを完璧無視して、車を走らせ、右車線から右折してやや強引にUターンをした。
向かう先には、チャリンコの«ミドリ»だ!!
「いいよ だってデートだろ?邪魔しちゃ悪いよ」
「ま さ か! 今日は課外授業みたいなもんだし なあ 百瀬君?」
「……………
そうでしたっけ」
「百瀬君も来春進学だから、現役大学生の話を聞くのはとても参考になると思うし?なあ?」
「……………
……そうですね」
来栖は車から降りて、ミドリの折りたたみ式チャリンコを積極的にたたみ、トランクを開ける。
積極的?!
そして後ろの左座席のドアを開け、『どうぞ』と言ってやや困り顔のミドリをそこへ促す。
オレにそんな事したことないくせにっ!
(紳士か!おのれは!
)
しかもなんか、妙に楽しそうじゃ無いか?!
助手席で、ブーたれるオレを…バックミラー越しに見たミドリが手を合わせて、すまなそうに謝る仕草をする。
端正な顔だった。
けれど繊細そうな顔立ちの松田アラタとはまた違う感じで、中性的な印象はあまりない。
この街のはずれにある、工科大学の3年生
フルネームは 清宮緑(セイミヤ ミドリ)だそうだ。
「その制服 百瀬君?だっけ 頭いいんだ? すごいね」
屈託のない笑顔でミドリがオレに話を振ってくる。
「別に… スポーツ推薦ですから」
「へえ! なにやってんの?!やっぱりバスケ?」
「テニスですけど」
「テニス?! そうなんだ… じゃあうちの大学来たら? テニス部かわいい子いっぱいるよ?」
「はあ…」
「僕は マリンストーンサークルで…」
気を使ってるのか、人見知りしないタチなのか…ミドリは矢継ぎ早に話しかけてくる…
すると突然、ずっと黙って運転していた来栖が、そのオレへの会話を断ち切るように口を開いた。
「ミドリ 最近は大丈夫か?」
「大丈夫だよ 先生は心配しすぎなんだよ 今は自転車だって乗れるし」
「そうか …でもあんまり無理はするなよ」
「わかーってるよ! 僕は子供じゃないんだから」
オレには見えない話。
でも
なんだか 来栖のこのミドリに対する接しかたや、ミドリを見る眼差しは オレの知ってる来栖とはまるで別人のようじゃないか?
アラタの時とも違う気がする。ホスト順平には…そこは分からないけど
多分来栖はミドリを とても大事にしている。たとえば自分の宝物みたいに大切にしている…
そんな感じがして、なんだかオレは ちょっと不安になってしまったんだ。
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